第42章 追憶のひと
バタン…!
後ろ手に寝室のドアを閉め、そのまま寄りかかる。
急いで階段を上ったからか、心臓がドクドクとうるさい。
(エース、なんで…。)
先ほどまで掴まれていた手を、ギュッと握った。
まだ、彼の温かさが残っている。
(なんで、そんなこと、言うの…。)
握りしめた手を胸に抱き、ズルズルとしゃがみこむ。
鼓動は未だうるさいまま。
こんなに胸が騒いだことなど、ずっとなかった。
今はもう、これが運動のせいなのか、そうでないのかすらわからない。
ふいに詰まるような想いが胸を突き、苦しくなる。
懐かしい痛みに、モモは眉を寄せた。
過去にはこんな想いをしたことが、幾度となくあったのだ。
目を瞑ると、あの時の思い出が鮮明に浮かび上がってくる。
『お前は、俺の女だ。』
そう言って抱きしめてくれる腕は、ここにはない。
身体の芯が、冷えていくように感じた。
長らく床にしゃがみこんでいたせいだろうか。
のろのろと立ち上がり、先にコハクが眠っているベッドへと近づく。
スヤスヤと寝息をたてるコハクの寝顔は、とても安らかなものだ。
そっと頬を撫でてみると、くすぐったそうに身をよじる。
その仕草に、固まっていたはずのモモの表情が僅かにほぐれた。
なにからなにまで、愛しい人にそっくりな子。
ここにあなたはいないけど、あなたの面影は確かにここにいる。
(それで十分…。わたしは、幸せ。)
呪文のように心の中で呟いて、同じベッドに潜り込む。
眠ってしまえば、明日になる。
明日になれば、こんなおかしな気持ちは綺麗に消え去るだろう。
緩やかに目を閉じると、眠ったコハクが寝返りを打ち、モモに擦りよってくる。
小さな背中に腕を回して眠りについた。
コハクの身体は、とても温かかった。