第42章 追憶のひと
『俺のとこに来ねぇか?』
それは昔、彼に言われたことがある言葉だった。
あの時はまったくもって考えられなかった。
なぜなら、自分の傍にはいつでも愛する人がいたから。
今ここに、あの人はいない。
きっと、これからも。
でも、わたしは……。
「…なに言ってるの、エース。行けるわけないでしょう。」
モモは口元に笑みを浮かべ、まるで冗談を聞いたかのように答えた。
「なんで?」
返ってきたエースの声が真剣みを帯びていることがわかっていたけど、あえてそれに気がつかないフリをした。
きっとこれは冗談。
冗談でなくてはならない。
「わたしがセイレーンだってことは知っているでしょう? それにコハクだっている。この島を離れられないわ。」
エースにはセイレーンであることを詳しく話してある。
彼自身、モモの危険性はもうわかっているはず。
「この島が安全だから離れらんねぇって言いたいのか?」
「そうね、ここにいれば もう追われることもないわ。」
心ときめく冒険はないけれど、そのかわり安心した生活が送れるのだ。
「じゃあ、安心して暮らせるなら、お前は海に出るのか。」
「……。」
その問いにモモは答えられなかった。
だって、例え海が安全でも、自分がここを離れるわけにはいかないから。
(わたしは、罪を犯した。)
愛する人の、1番大切なものを奪った。
罪は償わなくてはいけない。
俯くモモをどう思ったのか、エースはテーブルの上で握りしめていたモモの手を取った。
弾かれたように顔を上げると、射抜くほどの視線と目が合う。
いけない…。
身体が固まっていくのがわかる。
「モモ…--」
この先を聞いてはいけない。
聞いてしまったら、わたしは…。
「もう、エース。飲みすぎよ?」
握られた手をキツく握り返し、表情筋をフル稼働させて笑みを浮かべる。
「今日は寝ましょう? きっとお酒が回りすぎているのよ。」
そう言ってモモは彼の手から自分の手を抜き、椅子を立った。
「……モモ。」
エースがまだ、なにかを言いたそうに呼ぶ。
「…おやすみなさい。」
けれどその先を聞かなかった。
そして、逃げるように寝室への階段を上ったのだ。