第42章 追憶のひと
図鑑に記載されていたのは、鮮やかなピンク色の花。
絵のタッチはずいぶん違うけど、その花がカップに描かれているものと同じだということは、エースにもわかった。
「見たことねぇ花だな。樹に咲く花なのか?」
花になどたいした興味はないけど、この花の華やかさは一度見たら忘れられなさそうだ。
恐らく目にしたことはないだろう。
「桜は枝一面を覆い隠すほどの花が咲くんですって。ミモザみたいなものかしら。」
ミモザの樹ならば、この島にもある。
黄色い小さな花が枝を彩る春の花。
桜も、春の代表的な花なのだという。
「なんでも、ワノ国に昔からある美しい花なんですって。」
ここより遠く離れた海に、ワノ国という島国がある。
その島はどんな国よりも独特な文化を築いており、噂では門外不出の秘薬なんてものもあるらしい。
そんな噂でしか聞かない国にモモが足を踏み入れることは、きっと永遠にないだろう。
ワノ国はおろか、この島を出ることすらないのかもしれない。
そうやって生きていこうと決めたのだから。
でも、願望くらい口にしたって許されるはず。
だから何気なく口にしてみる。
「きっと素敵な花なんでしょうね。…いつか、見てみたいわ。」
叶わない夢。
そうとわかっていながら言ってしまったのは、エースの前でだったからかもしれない。
気がつかないうちに、自分はエースに甘えてしまっていたのだ。
彼がずっと、自分のことで葛藤していたなんて知りもせずに。
「じゃあよ、行こうぜ。」
「え?」
その願望は、ほとんど独り言のような呟きだったのに、やけにハッキリと告げられて、モモは目を瞬かせる。
「行こうぜ、ワノ国。俺が連れて行ってやるよ。」
あんまりにも簡単に言うものだから、冗談かと思って笑いかける。
でも、笑うことはできなかった。
エースの瞳が、本気だということを物語っていたから。
「……。」
どう答えていいかわからず、言葉を失ったモモにエースは再び告げた。
「モモ、俺と一緒にこの島を出よう。」
そうして彼は、わたしに手を差しのべたのだ。