第42章 追憶のひと
活発な子といってもコハクはまだ幼い。
はしゃぎ疲れた彼を部屋まで運び、モモはようやくひと息吐いた。
「お疲れ、やっぱ子育てってのは大変そうだな。」
モモが作ったニホンシュの瓶を傾けながら、こちらもひと息吐いたように晩酌をする。
「大変なんかじゃないわ。わたし今、とても幸せなんだから。」
愛する人との子供をもうけて、平穏な日々を生きていく。
それは、とても幸せなものだと思った。
例え、ここに愛する人の温もりがなくても。
わたしは幸せだ。
そう言ってはにかむモモをどう思ったのか、エースはポツリと呟く。
「……そうは思えねぇけどな。」
「え? なに?」
小さな呟きが聞き取れなくてもう一度尋ねてみるけど、彼は「いや、なんでもねぇ」と誤魔化すように酒をあおった。
「それより、あなたの話を聞かせてよ。」
閉鎖されたこの世界では、ごくたまにやってくる新聞だけが情報源だが、それだけで外のことを知るのは難しい。
エースの旅の話が聞きたかった。
「んー、そうだな。…あ、お前、アラバスタって国を知ってるか? 砂漠に囲まれた砂の国だ。」
「……砂漠。」
ふるふると首を振りつつ、砂漠というものを思い出した。
まるで海のような砂が大地を覆い、灼熱の太陽が身を焦がす未知なる領域。
「見たことないわ。エース、砂漠に行ったの?」
「行ったもなにも、ルフィと再会したのはそのアラバスタ王国だ。アイツ、こともあろうにアラバスタの王女を連れてやがったぜ。」
王女!
砂漠の国の王女様なんて、いったいどんな人だろう。
それこそお伽話にでも出てきそうな物語に、モモは胸を高鳴らせる。
「すごい、すごいわ! それで、弟くんはアラバスタでなにをしていたの?」
瞳を輝かせて話の続きを促す彼女を見て、エースは目を細める。
モモ、やっぱりお前さ。
本当は…--。