第42章 追憶のひと
「なぁ、エース! 早くしゅぎょーしてくれよッ」
なおもルフィについて語ろうとしたエースの腕を、焦れたようにコハクが引いた。
「まァ待てよ、コハク。今いいところなんだ。」
弟自慢にいいところもなにもあったものではないが、幼い少年はそんなことにおかまいなしだ。
「やだー、早く早く!」
グイグイと腕を引かれて椅子に座っていられなくなったエースは、困ったように笑う。
「弟くんの話はあとで聞くわ。どうせ泊まっていくんでしょう?」
修行に賛成ではないが、止めたって2人がやめるわけでもない。
だったら早く追い払ってしまった方がいい。
そうでなければこの話は、きっと夜まで続くから。
「エース、行こー!」
「ったく、しょうがねぇなァ…。」
コハクに急かされ、モモに追い払われ、エースはしぶしぶ立ち上がる。
ようやく腰を上げたエースにコハクは「やった!」と喜び、勢い良く外へ駆け出していく。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。夜メシは豪勢に頼むぜ!」
今昼食をとったばかりなのに、ちゃっかり夕飯の要望をしつつ、エースはコハクを追って出て行った。
その背中を見送りながら、モモはそっと息を吐く。
彼が島を訪れるのは、いつでも突然だ。
嵐のようにやってきては、穏やかすぎる生活を掻き乱していく。
しかし、モモはエースに感謝している。
一見、穏やかな生活は、やんちゃ盛りのコハクにとってはさぞ退屈なものだろう。
また、父親のいないコハクにはエースの存在がそれに近しいものになっている。
エースもそれを承知でコハクを鍛えてくれているのかもしれない。
彼に甘えてはいけないと思いながらも、その優しさにモモは縋ってしまっていた。
(わたしは、エースになにが返せるだろう。)
これだけ良くしてもらっているのに、返せるものがなにもない。
感謝なんて陳腐な言葉じゃ足りないくらい、彼に恩を受けているというのに。
恩は、いつか返さなければ。
そう思いながら、いつもの数倍は作らなければならない夕食の支度に取りかかった。