第42章 追憶のひと
モモがキッチンで食事の支度をしていると、2階からパタパタと軽い足音が駆け下りてくる。
「……エース!」
まだ幼い少年は、エースの顔を見るなり瞳を輝かせて近寄ってきた。
「おう、コハク。元気にしてたか? 相変わらずムカつく顔をしてんなぁ。」
最後の言葉はとても小さな子供に向けて発するものとは思えないが、コハクは気にする様子もなく、「おまえもな!」と明るく返した。
そのなんとも言えない挨拶に、モモはため息を零す。
エースが初めてこの島を訪れ、まだ赤ちゃんだったコハクの顔を見たときなど、彼は開口一番に「うわ、アイツに似すぎて気持ち悪ィ」と言ったものだ。
「なあ、いつまでいられるんだ? しゅぎょーしようぜ!」
「悪ィな、あんまり長くはいられねぇんだ。修行はあとでしてやるよ。」
彼らが修行と呼ぶものは、要は戦いにおいての心得だった。
「エース、コハクと遊んでくれるのは嬉しいけど、あんまり危ないことをしないでね。」
一度修行というものを覗いてみたことがあるが、モモが想像していたものとは恐ろしく違っていた。
エースがコハクを滝壺に突き落としてしまった時などは、さすがに青ざめた。
子供には強く逞しく育って欲しいというのがモモの理念ではあるが、それにしたって限度はある。
焼き上げたばかりのミートパイをテーブルに置くと、エースはよだれを垂らしながらザクリとかぶりついた。
「うまッ! やっぱ、お前の料理は世界一うまいよ。」
「…ありがと。」
世界一になりたいのは薬剤師だし、料理の腕だって一流のコックに適わないことなど知っているが、嬉しそうに褒められれば悪い気はしない。
が、話を完全に流されていることに気がついた。
「そうじゃなくて! わたしは修行のことについて言ってるの。」
すかさず唇を尖らせるモモに、エースは宥めるように手を振った。
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。俺がガキの頃なんて、もっと無茶したもんだぜ。ルフィのヤツなんか、ちょうどコハクと同じくらいだったし。」
出た、エースの弟話!
自慢の弟なのはわかるが、そうしょっちゅう引き合いに出されては適わない。
バケモノな彼らとコハクを同じにしないで欲しいと咎めるように睨んだ。