第42章 追憶のひと
ガシャン…。
なにかが割れる音がした。
思い起こされるのは、あの時の記憶。
虫の知らせなんて言葉が世間にはあるけれど、あの日、モモはなにも感じなかったのだ。
ただ、お気に入りのマグカップを割ってしまっただけ。
修復もしようがないカップに、ずいぶん肩を落としたものだ。
まさにその時、大事にしていた宝箱の小瓶に、とてつもない異変が起きているだなんて気がつきもせずに…。
沈みゆく意識の中で、モモはあの日の記憶を静かに思い出していた。
2年前のある日、地図上は無人島であるシルフガーデンに、ひとりの海賊が訪れた。
男は慣れた様子で島の中心に向かい、無人島にはあるはずのない一軒のツリーハウスの前で足を止める。
コンコン…。
家のドアをノックすると、しばらくして内側から躊躇いがちに開かれる。
そして顔を出した彼女に向けて、男は眩しい笑顔を向けた。
「よッ、モモ! 元気にしてたか?」
ニカリと笑った男を見て、モモは呆れ気味に呟く。
「…また来たの? あなた、忙しいんじゃなかった?」
あたかもひさしぶりな挨拶を交わしてみたが、実は彼がこの家を訪れたのは、ついひと月前だった。
「いいじゃねぇか、通り道なんだよ。」
そんなわけがない。
明らかに嘘だとわかるけど、モモは気がつかないフリをした。
彼の来訪は、自分にとっても嬉しいものだから。
だから結局、笑顔で迎え入れてしまう。
「…いらっしゃい、エース。」
彼は…エースは、モモの数少ない友人だったのだ。
「おう。ほら、どいたどいた。今日は土産がいっぱいあるんだ。」
モモが笑ったのを確認すると、エースは途端に身内顔となり、ズカズカと家の中に入っていく。
「嬉しいけど、いつも悪いわ。」
エースは頻繁に訪れてくれる。
その際には必ずたくさんの土産物を持ってきてくれるのだ。
中身は貴重な品だったり、ガラクタ紛いなものだったり様々ではあるが…。
「そんなん気にすんじゃねぇよ、俺らの仲だろ。 …それよりメシは? もう腹が減ってしょうがねぇ。」
来るなり「メシ!」と言うのは、いつでも変わらない。
モモは苦笑しながらもキッチンへ向かった。