第42章 追憶のひと
かつてモモはグランドラインのとある冬島、ドラム王国でひとりの医者と出会った。
名前はトニートニー・チョッパー。
青鼻のトナカイだった。
医者といってもチョッパーはまだ修行中の身で、モモも彼と過ごした時間は短い。
友達と呼ぶにはずうずうしいだろう。
逃げるように出て行ってしまったあの国が、今は新王を得て生まれ変わったことは知っている。
新聞の記事を読んで、胸を熱くしたものだ。
しかし記事は単に王朝が変わったことだけ報じており、なぜ、どのようなことがあって前王ワポルが廃したのかまではわからなかった。
あの青鼻の小さなお医者さんは、今どうしているだろう。
医療に飢えたあの国で、国民を支えているのだろうか。
それとも…。
『なあ、モモ。もし…、もしさ。おれが海に出ることがあったら、また会えるかな?』
あの時、答えられなかった問いに、今なら答えられる。
彼は夢を、叶えられただろうか。
(世界は、広い…。)
ぼんやりとそんなことを考えていると、頭の中に声が響いた。
『モモ、知ってるか? 世界はお前が思うよりずっと広いんだ。だから、俺と…--』
あ……。
なぜ、今…?
いけない、と思った。
自分は“あのこと”を考えると冷静でいられなくなってしまう。
ドクリと心臓が嫌な音を立てる。
それは、先ほどの胸の高鳴りとは明らかに違う音。
そろりと視線を空に向けると、空には満ちかけた月が浮かんでいた。
あと数日もすれば、大きな満月となることだろう。
あの日も、綺麗な満月の夜だった。
差し出された手を取ることができなかった。
彼を止めることができなかった。
そして…。
鼻の奥がツンと痛み出した。
いけない。
考えては、いけない。
きっと、堪えきれずに泣いてしまうから…。