第42章 追憶のひと
ドクドクとうるさい心音を宥めるために、モモはそっと息を吐いた。
しかし隠れて吐いたはずの深呼吸は、寒さゆえに白く色付いてその存在を主張してしまう。
今度は違う意味でドキリとして、軽く身じろいだ。
ああ、今のでローに伝わってしまっていたらどうしよう。
この緊張が、この胸の音が。
動揺してしばらくモゾモゾと挙動不審な動きをしたあと、自分を落ち着かせるために少し俯く。
(バカね、呼吸ひとつで心の中が伝わるはずがないじゃない…。)
そんな簡単に想いが伝わるくらいなら、モモの気持ちはとっくにローに知られているだろう。
あまりに過敏になりすぎている自分が恥ずかしくなった。
なにもかも、この状況が悪い。
胸の下で緩く組まれたローの腕を意識しながら、寒さとは違う理由の震えを走らせた。
ローは優しい。
けれど この温もりの中には、優しさとは異なる熱が存在しているとモモはすでに知ってしまっている。
いっそ、知らないままでいられたら。
なにも知らないまま、自分だけが彼を好きだと片想いをしていられたら、どれだけ楽だったことだろう。
これからモモは、ローが自分に向ける想いに甘い痛みを感じながら、そしていつか訪れる“彼が想いを諦める瞬間”を静かに怯えながら待つのだ。
拷問のような切ない時間。
でも、モモはそれに耐えて、ローが次に愛する女性の登場を願うしかない。
(ああ、ダメ。違うことを考えましょう。)
しだいに鬱々としてきた気分を払拭するため、ローとは別のことを考えるように努める。
ローのことばかり考えるからいけないのだ。
開発途中の薬とか、新しい調合の組み合わせとか、いくらでも考えることはある。
魚人島でも珍しい薬草や薬を手に入れることができたし、新しい冒険をするたび、モモの知識は広がっていくばかりだ。
(そういえば…。)
薬のことを考えていたら、ふと昔旅した冬島のことを思い出した。
(あの子は今、どうしているかしら。)
記憶の中から、青い鼻をした小さなお医者さんのことが蘇ってくる。