第42章 追憶のひと
どのくらいそうしていただろうか。
ローにとっては寒さを理由にモモと触れ合える またとない時間だが、彼女にとっては違うはずだ。
時折身じろいでは居心地が悪そうにするモモの中に、不快感が混ざってはいないかと注意深く観察する。
彼女の嫌がることは、もうしたくない。
今まで欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れてきたローにとっては、それがとても難しかった。
モモを抱きしめる腕に、温める目的以上の力が入らないよう慎重に囲う。
本当は、強く強く抱きしめたいという想いを押さえつけて。
腕の中のモモがモゾリと動いた。
一瞬、自分の下心が伝わってしまったのかと焦ったが、そういうわけではないようだ。
モモは抱きしめられ慣れない子供のように少しだけモゾモゾすると、今度は軽く俯く。
それでは見張りができないのではないか? と彼女の後頭部を見つめていると、キャラメル色の髪がサラリと流れ、赤く染まった耳が露わになる。
「……!」
それはただ、寒さのために紅潮しているだけかもしれない。
でも、恥じらうように俯く彼女に、どうしても期待が胸を突く。
モモは、自分を男として意識してくれているのではないか?
そう考えたら、ふと唇に触れた甘い熱の記憶が蘇ってきた。
魚人島の海深く。
ローが無様にも溺れてしまったあの時。
自分のもとへ助けにやってきたモモは、躊躇いなく唇を重ねた。
意識が遠のきながらも、あの瞬間のことだけはハッキリと覚えている。
きっとそこに恋愛感情はない。
彼女はただ、医療に携わる者として、ひとりの人間として口づけただけだ。
それなのに、あのキスに なにか他の想いがあったのではと勘ぐってしまう自分は、未練がましいただの男なのだろう。