第42章 追憶のひと
「はい、これはローが使ってね。」
火鉢で手を温めつつ、ベポが用意してくれたと思われる毛布をローに差し出した。
「あ? いらねェよ、お前が使え。」
「なに言ってるの。そんな薄着で風邪でも引いたらどうするの?」
船長が風邪など引いては大変。
本当なら上着を脱いで着せてやりたいくらいだ。
「風邪なんか引くか。そんなヤワな鍛え方はしてねェ。」
「そんな根拠のないことを言ってもダメです。医者の不養生って言葉を知らないの?」
受け取りそうにもないので、毛布を広げて無理矢理ローの身体に被せた。
「オイ…。」
あからさまに顔をしかめられ、まとわりついた毛布を剥ぎ取ろうとする。
「毛布を使わないのなら、わたしの上着を着せちゃうわよ。そっちの方がいいの?」
脅すかのようにそう言ってダウンのボタンに手をかけると、すかさずローの手が伸びてきて遮られた。
「脱ぐな、冷える。…わかった、コレは俺が使うから。」
意見を曲げなさそうなモモに結局ローが折れ、渋々 毛布を使う羽目になった。
(ったく、変なところで頑固なんだよな…。)
双眼鏡を使って夜の海を覗いた。
しかし、いくら見ても真っ暗で、海平線すらわからない。
しかし、接近してくる船の灯りや異常な気候の移り変わりがない限り、今は安全だと言える。
「異常…なしっと。」
見張り番って、思ったよりもやることがない。
時間はこんなにもあるのに、なにもすることがないというのはけっこうな苦痛だ。
そんなモモの様子を見て、ローは口元に意地悪そうな笑みを浮かべた。
「言ったろ、人には向き不向きがあると。お前は見張り番に向かねェよ。」
「…そんなこと。」
そんなことないと否定しようとしてローを振り向くと、いつの間に用意していたのか、彼はランタンの灯りを頼りに本を読んでいた。
(そういうヒマつぶしもあるのね。)
なるほど…と感心したけど、モモは本を読むと集中しすぎるため、見張り番と両立は難しいだろう。
きっと他のクルーたちも、それぞれのやり方で上手に見張り番をするに違いない。
確かに自分は見張り番に向いていない。
そう自覚しつつも、素直に認めてしまいたくなくて、なにも見えない双眼鏡ばかりを覗いた。