第3章 第3話
「あーあ……。今日も何だかんだで遅くなっちゃったよ……。」
自宅前で腕時計を見つめる私。時計は九時を指していた。あの後、急遽新たに書類作成するよう言いつけられたのだ。それも、明日の朝一でチェックするからと言われれば、もう残業する他無い。仕方なくいつもよりも遅くまで残って、パソコンと向き合っていたらこんな時間になってしまったのだ。
まぁ、こんなことは社会人になってから慣れてはいるのだけど。謎の勧誘や買えもしない高価なマンションばかりを宣伝してくる広告の入った、本当の意味ではあまり機能していないメールボックスをチェックすると、訳の分からない幸運ブレスレットの写真が載った広告と、月十五万を稼げるらしい怪しげな副業の広告が入っていた。こんなのばっかりで嫌になる。ややイラついて、荒っぽく広告をクシャリと片手で掴む。その広告の隙間から、ひらりと小さな紙切れが舞い落ちた。
「……何これ。」
拾い上げると、そこには端正な文字で、こう書かれていた。
『お久しぶりです。朝夕は冷え込む季節となりましたが、あれからいかがお過ごしでしょうか。
もし気が向いたら、また私と会ってお話などしてくださいませんか。
親愛なる佐藤結衣様
セバスチャン・ミカエリス』
そして最後には、携帯番号と、メールアドレスが添えられていた。
セバスチャン・ミカエリス、その名前を見た瞬間、何故かドキリとした後、わずかながらゾクリとした。やっぱりあれは、あの時間は夢じゃなかったのかと、二度寝する時に現実から夢へと引き戻されるような、そんな心地がした。そして、どうして私の部屋番号を知っているのかと、ふと疑問に思った。建物の前で車を止めてもらったから、私の部屋番号は知らないはずなんだけど……?まぁ、私もうっかりしたところがあるし、会話の中で喋ったのかもしれない。でも、もしそうだとしたら、セバスチャンさんは記憶力が良いんだな。私なら、一回聞いただけだったら、他人の部屋番号なんて絶対に忘れている自信がある。自分のでも、引っ越したばかりの最初の頃は自信が無かったのに。