第3章 第3話
あれから二週間が経った。働かなくても生きていけるようなブルジョアジーな家に生まれた訳でも、宝くじが当たった訳でもない私は、あれからも特に変わることなく仕事をする日々。渚が職場からいなくなって数日間は、警察の人が調査に来たり、皆それぞれよそよそしく振る舞ったりして、職場内も落ち着かなかったけれど、それも二週間も経てば何となく落ち着きを取り戻していた。人間が一人死んだところでこんなものなのか。もしも私が死んだとしても、きっと適当に時間が経てばこんなふうに毎日が流れていくものなんだろうなと、ふと柄にもなく思ってしまうが、ここは職場だ。ごく一部の立場ある方々を除けば、生活の糧を得るために来ている人たちの集まる場所だ。普通の労働者ほど、時間的にも精神的にも余計な感傷に浸る暇など無いのが当たり前だ。私の感情も、ほどよく忙しい職場の中で、良くも悪くも流されていく。
連絡先を聞きそびれたために、改めてお礼が言えなかったセバスチャンさんのことも、少しは気になるが、こうして忙しい日常に戻った私にとって、あの日の出来事は、既にもう遠い思い出か夢の中の出来事のようになってきていた。家は近くだと言っていたが、一度として顔を合わせたことも無いし。
「佐藤さん、この間の書類をコピーして、リストの連絡先にファックスしといて!それが終わったら来て頂戴。」
こうやって少しでも手を休めているようなそぶりを見せれば、すかさず仕事が飛んでくる。
「はい!すぐに!」
私はいつものように軽く深呼吸をして、コピー機へと急いだ。