第3章 第3話
カタカタカタカタ、無機質な音がマンションの一室に絶え間なく響く。
やがて、辞書のような分厚い本は閉じられ、ノートパソコンもそれに続いて閉じられる。
「ふぅ……」
妖艶さを含んだ吐息が、男の整った唇から吐き出される。恐らく、この男に妖艶さを込めようなどといった意図は無いが、きっとこの男を見る者全てが、この男から不思議な妖艶さを受け取ってしまうのだろう。
「どうなんでしょうね。曖昧で移ろい易く、理解し難い。よく言えば繊細、悪く言えば脆弱……。」
思考を整理するためなのか、悪魔でも独り言を言うこともあるらしい。どうやら、昼間に会った結衣という女について言っているようだ。女性を回想するなら、もっと何らかの熱だとか、感情だとかが言葉の端にでも籠っていても良さそうだが、そこは悪魔だ。そうはいかない。身も蓋もないことを言うようだが、基本的に悪魔は、人間の存在などは虫ケラぐらいにしか思わない。稀に、特定の人間に対して特別に興味を持つことや執着を見せることはあるようだが、原則として悪魔は人間を捕食対象としか見ないか、捕食対象以下のゴミとしてしか見ないかの二択だ。分かりやすく言えば、畜産業とはほぼ無関係の一般人が、家畜小屋で養われている牛や豚、鶏に対してどのような想いを抱きますか、と言ったところだ。おいしそうだ、農夫さんありがとうと思うかなり少数派の人間はまだ良い方で、臭いや見た目に嫌悪感を覚える人間が大多数を占めるだろう。あとは推して知るべしといったところだ。そう、悪魔が人間に抱く感情などは、大方そのようなものだ。
「人間特有の精神性。その曖昧さ、脆弱性は、他の動物と比べても極めて理解し難い。ですが……」
男の瞳が、暗室の中で爛々と紅みを増していく。
「だからこそ、面白いんですよね。人間って。」
うっすらと細められた眼には、紅色の光が宿っていた。歪められたその口元には、およそ人間のものとはかけ離れた、鋭い牙が覗いていた。
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