第2章 第2話
「ええ。一週間ほど前に、田中夫妻の結婚式でお会いしていますよ。」
あっさりと答えをくれた。そうだ、思い出した。この人、確か渚がカッコイイとか騒ぎ出して、そのまま私を引っ張って、その時にちらっと見たんだっけ。私は近くにいただけで、ほとんどこの人とは目を合わせなかったし、少し離れて別のことを考えていたから、この人が何を話していたのかもほとんど聞き取れなかった。……渚の声はよく聞こえていたけれど。そんな人が、私に何の用なのか。
「それにしても、酷い雨ですね。ここから、ご自宅は遠いのですか?良ければ車で送迎しますが。」
「えっ……」
突然の申し出に、頭がついていかない。私の人生において、こんなドラマのようなタイミングで、こんなふうに親切な申し出をしていただいた経験は無い。男の人の後ろには、黒い車、それも何だか高そうな感じのする乗用車が、ハザードランプを点滅させて停まっていた。でも、どう返事をしたらいいのか、私の考えは全くこれっぽっちもまとまっていない。
「でも、そんな、悪いですし……。」
「構いませんよ。それに、悪いというのなら、この状況を先延ばしにする方が悪いはずですよ。」
そう言ってニコリと微笑む男の人。駅のロータリーには、この雨の影響だろう、迎えの車らしきものが次々とやって来ており、列を作っている。これは、明らかに早く返事をしなくてはいけない状況だ。このまま、悪いだの悪くないだのとかいった問答を続けていては、ロータリーがえらいことになってしまうのが目に見えている。既に、入りきらない乗用車が、道路の一部で団子のようになっているのが遠目に見えた。
「じ、じゃあ、その、わたし、の、家の近く、まで、お願いします。」
「はい。どうぞ。」
私は自分の中で巻き起こる妙な緊張のせいで、あまり上手く話せなかったが、男の人そんなことは意にも介さないようにして、大きな黒い傘を広げて、助手席まで案内してくれた。私の今までの人生において、車に乗る際に運転手に扉の開閉までしてもらったことは、飲み会の帰りにタクシーを使ったとき以外で無かった。車内はシンプルで、芳香剤だろうか、何の香りなのかは知らないが、ほんのりと甘い香りがした。男の人は運転席に乗り込み、手慣れた様子で車を発進させる。しかし駅付近の道は、私が思っていた以上に混雑しており、渋滞にも等しい状態だった。