第2章 水無月の五日/文月の八日
「主は精神的に加州が強いのは、解っている。だが、幾ら強くてもその強さが永久に続くとは限らない。主はそれを紛らわす為に、働き過ぎるのを恐れているのかもな。」
「別に、そんなに働いてないし、働こうとも思ってないし。そもそも、紛らわそうなんてーー、」
「心配してるんだよ。彼女は君を。」
加州と鶯丸の間に、クリーム色のボブヘアーの髪が入って来る。話に夢中になっていて、会話に参入してくる刀剣がいるとは思わず、手の湯飲みを盛大に揺らす。
「うわっ!?ちょ、髭切?」
「髭切か。茶でも飲むか?」
鶯丸は動じず、寧ろ、参入者ーー髭切に茶を飲むか質問をする。飲みたいな。と言って、加州の隣に座る。
髭切は今日は内番である為、弟である膝丸とお揃いで色違いのジャージを着用していた。
「心配って…。」
「ねえ、知ってる?傍から見てるとね、主は君の事を凄く気に掛けているんだよ。確かに、僕達の事も大切に思ってくれてるのは知ってる。でもね、それとは別物なんだよ。」
湯気が立ち上る湯呑を受け取る髭切の言葉が、加州の頭にある事を思い出させた。
『嫌なら、無理して行かなくていいから。』
『それを言うなら、安定にだろ?』
それは、大きく日本の未来が変わる分岐点であった、幕末の池田屋事件での事であった。
この本丸にも池田屋での敵討伐の命が下された。その時の少女が加州に言った言葉であった。
もう一振りの沖田総司の愛刀である加州に一番初めに言った言葉であった。これに対して、
(何で安定でなく俺に言ってるの。)
と加州は思い、正直に言った。
少女は返答を聞いた後は、これ以上は何も言わなかった。そして、類似の台詞を口にする事はなかった。
「その顔は、何か思い当たる節でもあったかな。」
他の仲間に対しても心配はしている。何時折れて、目の前から消えるか分からない。よく思い出せば、心配してくれていた。だが、拒否した。
「兄者!?何をサボっているんだ!」
「ああ~ピザ丸!休憩だよ。お前もどう?」
「俺は膝丸だ!!兄者!?しかもちゃっかりとお茶を頂いているし。」
湯呑の中のお茶を凝視していると、髭切の弟である膝丸が兄者を探しに加州達の所に訪ねてきた。
膝丸は咎める様に怒っているにも関わらず、髭切はのほほんとお茶を飲んでいる。
加州はお礼を口にしてから、その場を離れる事にした。