第2章 水無月の五日/文月の八日
近侍を外した事が良い事なのかは、少女には分からなかった。だが、こういう場合は一人になる方が、気持ちが比較的に落ち着くのではと考えた。
「そんな事で……。」
「でもさ、いつも近侍で縛っていたから、気分転換には良かったんじゃない?」
近侍を加州にする事が多く、偶に変えた際でも加州の名前と間違えてしまう程、近侍として一緒にいるのが当たり前になっていた。
少女は、「ああ、清々して、良い気分転換になったよ。」等、言うのではと思ったが、実際の加州の言葉は違った。
「……アンタの傍が良かった。」
再び、顔が近づいたと思ったら、耳元に口を近づけ、態と低い声を出して囁いた。
耳が弱い少女は、体をビクつかせ「ヒィっ!」と小さく声を上げる。目には涙が零れるのではないかという位、溢れていた。
「何でだろうなーー、お前の傍は落ち着くんだ。だから、一人よりはお前の傍が良かった。」
言い終ると、顔を離す。少女の顔を見ると、さっき以上に顔をリンゴの様に赤くし、目が潤んでいた。
その顔が余りにも加州にとってのツボにハマったのか、肩を震わせて笑い始めた。
「顔、スゲー真っ赤!」
「う、うっさいな!!お前の所為だろ!?」
謝りもしないで笑い続け、笑いの衝動が治まった頃、加州はまた、口を開いた。
「来年は、アンタの傍に置いてよ。」
口を閉じて、口角を空に浮かぶ三日月の様に上げる。その姿は、口元の黒子も加わって妖艶なものだった。
赤い目が光って、少女を映す。
「じゃあ、俺は寝るよ。アンタも早く、寝なよ。成長しないから。」
加州は立ち上げると少女の頭を軽く叩いた。少女は加州の先程の姿に見惚れていたが、加州の言葉に眉間に皺を寄せ、反応した。
「分かっとるわい!」
「あっそ。」
「……加州!!」
彼女から背を向けて、部屋に戻ろうとした瞬間、少女に呼び止められた。進行方向に向けていた顔を少女に向ければ、少女は立ち上がっていた。
「加州は、弱くないよ!それはウチが保証する。でもね、もっと強くなる方法がある。それはね、泣く事。泣くと、リラックスして、落ち着くんだって。」
「それって、泣き虫な事の言い訳じゃん。」
「ちげーし!」
もういい。今度は少女が背を向ける番だった。
加州はその背に、少女が聞こえる大きさの声で呟いた。
「有難う……ーー。」