第39章 月が隠れているから/上杉謙信
「ねぇ……私、欲しいものがあるの」
「なんだ?」
愛香が望む物ならなんでも与えてやろう
国が欲しければ国を
贅沢な着物が欲しければ着物を
「子どもが欲しいの……」
謙信の胸に顔を埋めているから愛香の表情は読めない。が、謙信には分かる。
今、愛香がどんな気持ちで子どもが欲しいと言ったのか
1度だけ謙信の子どもをその身に宿した愛香
愛する謙信の子どもを宿した愛香は、幸せの絶頂にいた。
この世のすべてを手にいれた優越感に浸り、まだ宿って間もないお腹を何度もさすり産まれてくるのを楽しみにして……
それは謙信も同じ
真綿に包むように愛香を大事に守っていた。
が、2人の愛の結晶は産声をあげることなくこの世を去って逝ってしまった。
その悲しみが癒える事はない。
いまだに2人の胸の奥に小さな棘となり残っている。
「愛香が望むのなら……」
愛おし気に微笑み、愛香の頬に口付けを何度も落とす
「ん……もっと……」
「今宵はずいぶんと欲しがるな」
「月が……」
「月?」
「雲に隠れているから……私たちの睦言は誰にも見せたくないの」
「何故にそう思う?」
「だって………」
くすくすと笑いながらも潤んだ瞳で謙信を見つめる愛香は妖しい色香を放ち、愛しい人に触れる
「抱き合っている時の謙信の美しい顔は……お月様にさえ見せたくないもの」