第34章 一夜の幻/顕如
「お嬢さんは知らなくてもいいことだ」
こんな状況にあっても警戒心を抱かずに自分に接してくる愛香にどうしたら良いのかわからなくなってしまう。
「顕如さん……勘違いなさってるみたいですので言っておきますけど……私、信長様の想い人ではないですよ」
まっすぐに顕如を見詰め信長との関係を否定する愛香の瞳は、嘘偽りがない。
顕如とて愚かな男ではない。
愛香の言葉が真実くらい見抜く事は出来る。
それなら何故?
信長は片時もこの女を手放さない?
「それでも貴方が私を利用したいのなら利用して下さい」
「何故そこまで?」
「人を憎む事が辛い事だって……私には分かるから」
かつて愛香も人を憎んでいた事があった。
憎んで、恨んで、殺してやりたいくらいに
自分がその感情を忘れてはいけないと、半ば義務的に思い続けて__
でも、その感情を持ち続けるにはかなりの精神力を使う事になる。
それに疲れた愛香は、憎むのをやめた。
「顕如さんも辛いんじゃないんですか?」
「そんな事はない。信長を地獄に落とす事が俺の使命であり、亡くなった同胞への手向けだ」
冷たく光る瞳
すべてを捨て、復讐のみに生きると誓った男
そんな顕如の心を救いたい
憎しみに生きる辛さを知っているから
「顕如さんは優しい人なんですね」
「優しい? この俺が?」
「優しくて純粋だから……赦せないんですね」
御仏を捨て、復讐の鬼となった俺が優しいなぞ……
ばかばかしい。
この女といるとおかしくなりそうだ。
顕如は、拘束していた手を緩めると無言でその場を去って行った。
愛香と話をしていると根底から崩れてしまいそうになる。
自分は信長を地獄に落とさねばならない。
散っていった同胞達の為にも__
心を凍らせて