第34章 一夜の幻/顕如
「俺が恐ろしくないのか?」
「どうしてですか?」
純粋無垢な瞳が顕如を見つめていた。
信長の命を狙っている男と知りながらも、警戒心も無くただ助けられた事への感謝の言葉を口にする。
「素直に助かったとは思わない事だ」
愛香の腕をひねりあげ、拘束をする顕如。
信長を誘い出すために利用してやろうか
「っ……顕如さんは……」
「ん?」
「私を利用するために助けてくれたのですか?」
そんなつもりは無かった。
ただ、自分を怖がらない愛香に対して何故か苛立ってしまったのだ。
「そうだと言ったら?」
振り返り顕如を見つめる愛香の眼差し__
その瞳は、哀しく揺らいでいた。
なんて悲しい人なのかしら?
秀吉から顕如について聞いていた愛香。
信長の命を狙う顕如は、残酷で非情な男__
そう教わってきた。
が、目の前にいる男は自分の命を、純潔を守ってくれた。
信長を誘いだすために自分を助けたと顕如は言うが、それが本心ではない事くらい愛香には分かっていた。
本当に利用するつもりはならもっと冷たいはず。
顕如さんからは優しさが滲み出ている。
その証拠に私をひねりあげている手にはそれほど力が入っていないもの
こんなにも優しい人なのに
「どうして?」
「なにがだ?」
「どうして信長様に復讐なんて……」
どうして?
愛香の問いにあの時の事が思い出されて額の傷が疼いてくる。