第34章 一夜の幻/顕如
顕如が安土城の地下牢に閉じ込められてから数日
彼は一切の食事を取らず、無心に念仏を唱える日々を過ごしていた。
心配になった愛香は、お粥を作り地下牢へと足を運ぶ。
壁に向かい念仏を唱えている顕如の背中が、小さく見えて胸がつまってくる。
「顕如さん……お食事ですよ」
勿論、返事なんて返ってこない。
いつもは小さな小窓から食事を中に入れるのだが、今日は入り口の鍵を外して中に入った。
高い天井の隙間から少しだけ陽が差し込むくらいで、中は薄暗くひんやりと冷たい。
愛香が入ってきたのが気付かないのか、念仏は止まらない。
「ここに置きますから、食べて下さいね」
顕如の近くに食事を置くと、斜め後ろに座り愛香も手を合わせた。
念仏を唱えたくても分からない愛香は、心の中で祈る。
どうか、生きて下さい
このまま食事を取らなかったらいつかは命を落としてしまう事になってしまう。
顕如にいつまでも生きていて欲しい。
心安らかに日々を過ごして欲しいと思っている。
「何を祈っているのだ?」
「顕如さんが心安らかに日々を過ごせるようにと」
「……無駄な事を」
決して振り向くことなく会話が続く。
それだけでも愛香は満足できた。
少しでも顕如さんの事が知りたい。
「食事をして下さいね。お口に合うかは分かりませんが、一生懸命に作りましたから」
「……」
「また、明日__来ます」