第16章 叶わぬ想い/豊臣秀吉
自室に戻り、懐から大事そうに布きれを取り出し愛おし気に頬に寄せる秀吉。
桜の刺繍が鮮やかに施されている
愛香の着物の一部である。
愛香が安土城に来て間もない頃__
「大変だー!!」
「野犬がぁあああ!!」
「野犬が城内に入りこんだぞー!!」
「え?」
1人で庭を散策していた愛香の耳に聞こえてきた叫び声。
現代からやって来て間もない愛香には野犬と聞いてもピンとこない。
呆然として立っていると草陰が揺れ、獣の唸り声が聞こえてくる。
「な、なにっ……?」
草陰を見つめていると大きな口を開け、よだれを垂らしている犬が目に入る。
その恐ろしい形相をしている犬から
視線を離す事も出来ず、ましてや逃げる事さえ出来ない。
地面に足を縫い付けられたように動かないのだ。
(ど、どうしよう……)
動けない愛香に野犬は獲物と認識したようで、姿勢を低くし唸り声を上げている。
(逃げないと……)
恐怖で竦む足に何とか力を入れようとするも
震えて足に力が入らない
「愛香!! 危ない!!」
「秀吉?!」