第8章 誰の顔も浮かんでこないわ
「誰の顔も浮かんでこないわ」
一瞬、征十郎の顔が浮かびかけるが、それもまた一瞬で消えた。
いや、ない、ない、ない。
クラスも部活も一緒で毎日顔を合わせているから出てきたきただけだわ、絶対。その証拠に一瞬で消えたじゃない。
「カスミンモテるのに。勿体ないよ」
「その言葉、そのまま返すわ」
「私なんかよりカスミンの方が断然モテモテなんだよ!」
「知らないわよ…」
さっちゃんは私の肩をガッとつかみ、これでもかというほど私を揺すってくる。
そんなこと言われても恋愛とかに興味ないんだし、そもそもそんなことお互い様じゃない。
…と言ってやりたいが、あまりの揺れ具合に、今喋ってしまえば間違いなく舌を噛んでしまうので、その言葉は飲み込んだ。
「マネージャー!ドリンク頼む!」
「あ、はーい」
休憩に入り、漸く私はさっちゃんの拘束から逃れることができた。
「何の話をしていたんだい?」
「征十郎。はい、ドリンクとタオル」
私がそれらを征十郎に渡すと、彼はいつものように笑みを浮かべながら「ありがとう」と言い受け取る。