第5章 「怖い」と感じた
あの完璧な征十郎が間違えることなどあるのだろうか。
昨日までの三日間、彼の見込みを信じて例の黒子君の観察を始めたのだが、ここまで成果が出ないと疑念を抱いてくる。
学校生活では生徒会にクラス委員、部活では副主将、さらに家に帰ってからも習い事や勉強、と忙しい彼のことだ。きっと疲れていたのだろう。
…だが、はたしてそうなのか。
ここ最近の記憶を辿っても彼の不調は一切見受けられない。寧ろ入部当初から体調や体のどの部位にも何ら大きな変化はない。普段通りだ。
「そりゃ赤司だって間違えることくらいあんだろ。ってか、お前の弁当美味そうだな。もーらい」
「あっ」
広げていた弁当箱の中からから揚げが奪われる。
「うめーな。自分で作ってんだろ?」
「そうだけど…。勝手に盗らないでくれる?」
にちゃにちゃと品悪く口を動かす祥ちゃんを軽く睨んだが、こんな事したところで彼には通用しない。
「華澄は昔から料理上手いよな。運動はからっきしだけど。だけどな、灰崎」
そう、彼に対抗し、さらにねじ伏せることができるのは隣に座るこの人だけだ。
「人のモン盗ってんじゃねーぞ!あと、くちゃくちゃ音たてて食うな!汚ぇだろが!」
「ぐぇっ」
目の前で修ちゃんが祥ちゃんをシバいている様子を見ながら、残りのおかずを口に運ぶ。
やっぱり、征十郎の見込み違いなのかな。
あんまり信用はしてないけど、一軍であり、一応『キセキの世代』のひとりに数えられる祥ちゃんが言うんだから、そうなのかもしれない。
修ちゃんや真ちゃんも同じこと言っていたし、もうこの件については考えるのを辞めよう。
「ご馳走様」
しっかり手を合わせてそう言い、私は修ちゃんにシバかれる祥ちゃんの横を通り過ぎて教室に戻ろうとした。
「おい、華澄!見捨てんな!話聞いてやっただろ!」
「何のアドバイスにもならなかったから却下。またね、修ちゃん」
「だから、『先輩』って呼べよ」
「あ゛あぁぁあ!」
祥ちゃんの叫び声を聞きながら、私は屋上を後にした。