第3章 tear and smile/黒子テツヤ
「泣かないで」
君の笑顔が見たい
「どうしたの」
君の心が遠い
「ずっとそばにいるよ」
本当に?
《 tear 》
彼女とボクは恋人同士だった。
出会いは図書館。
ボクの存在に何度も驚いていたが、二人とも本が好きですぐに意気投合して、それから高校が同じだと知った。
クラスを聞いて探しに行ってみると、本当に彼女がいた。
同じ高校なんだから当たり前なのだけれど、もうその時には惹かれていたのだと思う。ボクは彼女の姿を見つけるたびに胸が高鳴った。
それを恋だと自覚するのはすぐだった。
それから何度か話をするうちに もっともっと惹かれて、気づいたらボクは気持ちを伝えていた。
初めての感覚に戸惑いもしたけれど、彼女は私も、と微笑んでくれた。
お付き合いを始めてからしばらく経ったある日、幸せでいっぱいだったボク達に悪夢が襲う。
- 彼女が、記憶喪失になった。
「あの…ごめんなさい、どちら様ですか?」
悪夢の次の日、彼女が入院しているという病院へ行った。
具合を聞くと何故か戸惑うようにして大丈夫ですと頷いた。
その後もボクが話しかけていると、突然彼女が少し大きな声でそれを遮り、震える声でそう尋ねた。
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃だった。
彼女はボクを忘れている。
ボクだけじゃない、周りの人たちのほとんどを忘れている。
「…ボク、は、」
苦しかった。
あんなに幸せだったのに、突然谷底へ落とされたような、そんな感覚だった。
声が出ない。震える。
だけど、ボクや他の人なんかよりも、辛いのは彼女だ。
知っているはずの人も思い出せない。
尋ねればそのたびに相手は顔を歪ませる。
きっと彼女は今孤独だ。
ボクなんかの何倍も、何十倍も苦しいはずだ。
だから、ボクは、
「ボクは黒子テツヤです。君の…友達です」
「友…だち…」
今度は彼女の顔が歪んだ。
友達、という存在。
それすらも忘れてしまったのかというように。
だけど恋人だと名乗れば、その顔はもっと歪んでしまっていただろう。
自分の愛した人も忘れたのかと。
ならば数多い友達の一人でいい。
そう判断した。