第3章 H27.7.29. 笠松幸男
プルルルル…
「あ、もう時間ですね」
「あー、カラオケって時間経つの早えよな」
「そうなんですよねー。2時間とか一瞬ですよ」
「そうそう」
時間がきたということで、さすがにもう帰ることにした。
家まで送るよ、という先輩に、もう緊張は無さそうだ。
これは私だからというのがあるだろうが、それだけでも大きな進歩である。
「お前っていつも黄瀬といるんだろ?」
「え、まぁ、一緒に住んでますしねぇ」
「…だよな」
どうしたんだろう。
そんな今更、気になることでもないだろうに。
「その…あいつも男だしよ、なんていうか…」
ああ、男女の関係のことを心配しているのか。
今日のデートで改めて私が女だということを意識したからだろうか。
どちらにせよ、何も心配することは無いだろうが。
「大丈夫ですよ。襲われるとかそういうの、全く無いですし」
「おそっ…?!」
「同じベッドで寝てても何とも無いですし」
「同じ?!」
「黄瀬にそういう感情があるわけも無いですし」
「そ、それはそうかもしれねぇけど…」
そうだ。黄瀬にそんな下心があるわけがない。
もしそんなのがあったとしたら、すぐにわかるだろう。
そしたら私はどうするんだろう。
まぁとりあえず、そういう事になろうとは思えないな。
「仮に危なくなったら助けてくださいね、幸男さん」
「えっ」
「だって幸男さんなら黄瀬に容赦無くしばいてくれそうだし」
「あ、そ、そこな…」
そういえば、呼び方がしっかり癖付いてしまった。
でも、"笠松先輩" より短くて呼びやすい。
指摘されるまでこのままでいようか。
「…どうせならよ」
「え?何ですか?」
「どうせなら、夕飯も食ってかねえか?」
まさかのお誘いに一瞬固まってしまった。
本当にびっくりしたし嬉しかったが、よく考えたら家に帰ってご飯を作らなければならない。
後ろに付いてきているなら断りを得なくてもいいだろうが、ご飯まで付いて来られるのはさすがに鬱陶しい。
「今日は遠慮しときます。黄瀬が餌待ってるんで」
「あ、あー、そっか。んじゃまた今度行こうぜ」
「はい」
"また今度"
まさかその言葉を幸男さんの方から聞けるとは思わなかった。
もうこんなの懲り懲りだって言いそうなのに。
楽しかったという証拠だろうか。
だったらいいけど。