第3章 I'll bet she will - - - (上鳴電気)
持ち主がわからないこのスマートフォンと私の出会いは、ほんの数時間前に遡る。
朝。学校へ向かう電車に乗っている時。通勤・通学ラッシュでやや混雑している時間帯のことだった。
走り去るビル群の隙間を縫うように、車窓から眩しい朝日が差し込んでくる。たたん、たたんと周期的な揺れに合わせて、私はドア近くのポールに掴まり、半分寝ながら立っていた。
カーブで軋む線路、駅員のアナウンス、乗客の一挙一動から生まれる衣擦れの音。音、音の洪水に身を預けていた、そんな時だ。ふとあることに気がついた。
前に立つ人の背負うバッグパックのファスナーが、全開に開いている。
ははーん、と最初に思った。たまーにいるよね、リュック開けっ放しでも平気な顔してる人。しかしまた思い切りの良い開き具合なんだなこれが。もしスカートを履いた素人女性の脚ならR15表記が必要ではと思っちゃうほどのご開帳ぶり。中の財布や音楽プレーヤーまで丸見えになっていた。
不用心、と思いながらも、黙って見守る他に術はなかった。かつて友人に「靴紐ほどけてるよ」と注意をしたら「はぁ、知ってる」と冷たく返された経験を持つ私である。世の中にはおおよそ無頓着な人間もいるのだとすでに学習済みだった。
きっとこの人も、開けっぱの方が取り出しやすくて楽だわぁ、とか思っちゃってるタイプなんだろう。
でも端っこに引っかかってるスマートフォンが気になった。ほとんど荷物から顔を出していて、ギリギリ落ちる瀬戸際だ。
あー、危ないぞ、とぼんやり見ていた。そのうち、電車が駅に到着した。
開くドア。どっと動き出す乗客たち。揺れるバックパック。そして呆気なく落ちるスマートフォン。
「あ、」と、私は咄嗟に右手を出していた。根が貧乏性なのだ。落ちて画面が粉々にでもなったらもったいない。
寸でのところでキャッチする。そのままドア付近の人間は押し出されるようにホームへ動く。一緒に電車から吐き出された私は、慌てて周囲を見渡した。けれど朝の駅は行き交う人ばかりで、例のバッグパックは見当たらない。背負っていた本体も、男の人、程度のぼんやりとした記憶しか残っていなかった。
まずい、と思った頃には後の祭り。
こうして私の手の中に、はぐれスマホが1台。という経緯である。