第10章 -恋心-(及川徹)[前編]
いつもなら
見上げなければならない及川が、
今日は座っているので、
上目遣いのような及川の表情に
こっちが一瞬ドキッとしてしまう。
わたしが何も言えないでいると、
及川はさらに続けた。
「オレから別れてほしくて振ったなら
多少は気にするけど…
向こうの希望を聞いたわけなんだから…
むしろ、オレのほうが
気をつかってほしい…
…なぁんてね☆」
及川は最後はいつものように
☆マークを付けて笑って、
冗談のように言ったが、
及川の本音なのかも…と思った。
たまに見せる…及川の淋しそうな顔。
わたしなら…
そんな顔させないのに…。
「…そっか。」
でも、そんなことは及川には言えない。
「そういえば、
わたしに何か用事だったの?」
わたしは極力明るい声で話をそらした。
「あ…そうそう!昨日のタオル、
借りっぱなしだったからさ。
ありがとね。助かったよ。」
そう言うと、及川は、
わたしに紙袋を差し出した。
「タオルくらいよかったのに。」
「いいんだよ♪
こうやってすみれちゃんを呼び出す
口実にもなったわけだし☆」
……。
わたしは冷たい視線を及川に送る。
「あぁぁっ‼︎うそうそ‼︎冗談!
借りたものはすぐ返さなきゃ!」
…ふふ。
慌てる及川はちょっと可愛い。
「…ありがと。足は大丈夫?」
本来なら1番先に聞くべきことを
今更聞いた。
「うん。昨日のすみれちゃんの
応急処置がよかったみたい。
病院で先生が言ってたよ。」
「そっか。それならよかった。」
及川のことばに少し安心して、
わたしは紙袋を受け取った。
…?
タオル1枚のわりに重い?
わたしが中を覗くと、
わたしの好きなチョコレートと
バレーシューズが片方入っていた。
「あ、チョコレートはお礼だよ。
すみれちゃん、コレ好きでしょ?」
「うん。」
…なんで知ってるの⁇
「あー!今”なんで知ってるの?”って
思ったでしょ?」
…なんでわかる⁈
「すみれちゃんのことは
なーんでもわかっちゃうからね☆」
わたしの表情から、確信したのか、
わたしの返事を聞かずに
及川は話を続けていた。
「なんでも?」
わたしが聞くと及川は、
なぜかいつもより優しい目でこたえた。