第45章 -運命-(及川徹)[後編]
「及川さんに抱き締められてるみたい?」
「そ…そんなこと思ってませんっ‼︎
エプロンくらいで抱き締めるとか…‼︎」
そんなこと言われたら、
抱き締めたくなっちゃうんだけどなぁ。
ほんと、檜原さんて天然煽り上手だよなぁ。
「じゃあ、比べてみたら?」
「え…?」
彼女に拒否される前に、
後ろからギュッと抱き締める。
「ちょっ⁈及川さんっ⁈」
「ねぇ?どう?エプロンと一緒?
エプロンより…いい?」
彼女の耳元で最大限に甘い声で囁く。
「あ…あのっ…はなして…」
「ねぇ、檜原さんてさ…
黒尾くんに抱き締められたコト…ある?」
彼女に少しでも男として意識してほしい。
ふとそう思ったら、
口をついて出たのは、黒尾くんのコトだった。
「…っ⁈⁈ありません‼︎」
黒尾くんに関する質問は、
いつも即否定していた彼女が、
一瞬ビクッとなって戸惑いを見せた。
「…あるんだ?」
心がモヤッとして、さらに腕の力を込める。
「ないってば‼︎いい加減はなしてくださいっ‼︎」
さっきよりも大きい声を出した彼女は、
オレの腕からスルリと離れてしまったが、
その代わりに彼女のエプロン姿を
やっと正面から見るコトができた。
「カフェの店員さんみたーい♡似合ってる♪
”おかえりなさいませ、ご主人さま♡”って、
言ってみてよ♪」
モヤッとした気持ちに気付かないふりして、
オレは彼女をジッと観察した。
「い…言いませんっ‼︎
ただの黒のエプロンじゃないですか‼︎」
メイドさんぽくはないけど、
デニム×白シャツ×エプロンで、
おしゃれカフェの店員さんみたいだし、
いつもと違う雰囲気の彼女には、
ほんとによく似合っている。
オレのエプロンだから、
サイズが合ってないのも、なんかいい。
「バカなコト言ってないで‼︎
包丁ドコですかっ‼︎」
「なんか、その言い方物騒だよ〜?
そのまま刺されちゃいそう…」
「…っ‼︎それもいいかもしれませんね‼︎
早く貸してください‼︎」
「ちょっ…ほんとに刺しちゃダメだって‼︎」
ツンと拗ねる彼女がなんだか可愛くて、
そんな顔は黒尾くんにも誰にも
見せたコトがないんだろうなと思うと、
オレは、もっと彼女を独り占めしたくなった。