第42章 -運命-(黒尾鉄朗)
及川さんが行ってしまっても、
わたしはしばらくそこから動けなかった。
及川さんの気持ちに
全く気付いていなかった自分に
心底呆れてしまう。
いろんな気持ちが溢れてきて、
頭の中がパンクしてしまいそうで…
でも、そんな時に聞きたい…
そう思ったのは、黒尾さんの声だった。
わたしはスマホを取り出し、
何も考えずに黒尾さんに電話をした。
プルルル…プルルル…
「もしもし?…檜原さん?」
黒尾さんの声を聞いて、ハッとした。
いきなり電話してしまって迷惑じゃないか…
一体何を話せばいいのか…
「檜原さん?どーした?」
でも、突然の電話にも関わらず、
黒尾さんは優しく呼び掛けてくれた。
「あ…あの…ごめんなさい。
急に電話してしまって…。」
「全然平気。ちょうど会社出たトコ。
檜原さんは?もう家?」
「あ…わたしも会社出たトコ…です。」
「一緒じゃん♪オレもさ、
明日は早くあがりたくて今日まで残業♪」
「え…?」
「久しぶりに檜原さんに会えるのに、
寝坊するわけにはいかねーしな♪」
笑いながら言う黒尾さんのことばに、
わたしはまたドキッとしてしまう。
「わ…わたしも…」
「ん〜?」
「わたしも…土曜日黒尾さんに会えるから…
今週はペースあげて仕事してました。」
「一緒だな♪」
”一緒だな”
そう言ってくれた黒尾さんの声が、
とても優しい響きで…。
でも、その優しさに甘えたくなると、
さっきの及川さんの優しさも思い出してしまう。
あんなに優しい人の気持ちに
気付かなくて…傷つけた。
でも、わたしは…わたしが好きなのは…
「檜原さん?」
「……」
「檜原さん?どーした?何かあった?」
「黒尾…さん…」
気付いたら、涙が溢れてきてしまい、
涙と一緒に気持ちも溢れ出てきていた。
「好き…です。」
「…⁈」
「ごめんなさい…でも…好きになっちゃって…
恥ずかしいけど…一目惚れ…で…」
「…⁈今、会社出たトコっつったよな⁈
まだ電車乗ってないよな⁈」
「…?はい…」
「すぐ行く‼︎あのカフェで待ってて‼︎」
ツーッ…ツーッ…
黒尾さんのその声を最後に、
いつの間にか電話は切れていた。