第26章 -残業-(黒尾/岩泉/花巻)
「オレ…高いっすよって、
さっき言いましたよねー?」
黒尾くんは、
ジワリジワリとわたしに近づいてくる。
「…っ‼︎わかってるよ。
徹夜覚悟の仕事が0時前に終わって
ほんとに助かっちゃったし、
こんな時間まで付き合わせちゃって、
お礼くらいしないとね♪」
仕事が終わってホッとしたからか、
久々の黒尾くんへの耐性も
だいぶついてきたと思う。
我ながら調子いいなと思うけど、
わたしは先輩ぶって黒尾くんに言った。
「すみれさん、
お礼ってなんのつもりなんすか?」
「え?飲みに行くんじゃないの?」
デスクを片付けながら、
ふと横にいる黒尾くんを見ると、
黒尾くんは大きくため息をついた。
「そんなん別にいつでも行けるし…」
「…?何かほしいものあるの?
あんまり高いモノはムリだよ〜?」
「なぁ?
すみれさんが引っ越したのって、
彼氏と同棲するから?」
「えっ…?」
「それとも、彼氏と別れたから?」
突然の黒尾くんのことばに、
わたしは思わず固まってしまった。
「な…なんでそんなコト…聞くの?」
半年付き合った彼氏に
先月フラれたコトは、
一部の人にしか話してない。
「噂になってるから。
急に一人暮らし始めたのは、
同棲か別れたからだっつって。」
はぁ…。
噂好きな会社ってほんと困る…。
「そうだよ。別れたの。」
わたしは事実だけを伝えた。
「…‼︎」
黒尾くんはハッとしたように
わたしを見て黙ってしまった。
「もう。
なんで急にそんなコト聞くのよ?
てゆぅか、聞いたなら、
フラれて可哀想な先輩に
慰めのことばくらいかけなさいよねー?」
「…⁉︎フラれたんスか?」
「あ……。」
自分の迂闊さに情けなくなってくる。
言わなくてもいいコトを
わざわざ自分で言ってしまった。
「はぁ…そうだよ‼︎フラれたの‼︎
あ〜もう‼︎
人の傷えぐるのやめてくれるー⁈」
わたしは重い空気をごまかしたくて、
努めて明るい口調で話して、
荷物をまとめ、立ち上がった。
「ふぅん…じゃあ…」
黒尾くんは
ゆっくりわたしに近づいてきた。
「おねだり…しやすいかもな。」
…⁈
そう言った黒尾くんは、
気がついたらわたしを抱き締めていた。