第1章 ひとつ×××
「さて、それじゃあそろそろお迎えに上がろうかの?」
「ん?」
檎がすっくと立ち上がってネムの方へと手を差し出す。
動きを追って視線を動かすと、自然と顔も持ち上がり、自由になった支え手がテーブルへと倒れる。
「白澤の旦那の所へご案内してあげましょうかのうと思いましてな。どうなさるね」
「…じゃあ、行こうかな」
その手をとり、立ち上がった。
連れられるまま、出入り口まで行き、会計をしようと思ったのだが、どうも金額が思ったより随分と少ない。
「ん?私、もっと食べたような気がするんだけど」
「鬼灯様がそれまでの分、ぜーんぶ支払ってくれてな。その後の分だけじゃわぃな」
「ふむ。じゃあ、これはあの特等席を占拠していた迷惑代のチップとして、受け取ってくださいね」
「あ~、こりゃおおきに!またのご来店時にもサービスしますからのう」
店の戸をくぐると、この時間の外は騒がしく薄暗い集合地獄の薄闇に輝く行灯の灯火。
窓から漏れる光と、女郎の白く艶かしい腕が美しくも恐ろしく瞳に映る。
繋いだ手を離そうと手を引いてみたが、逆に腕を引かれ、檎の胸元へとよろめいてぶつかってしまう。
そのまま片腕に抱かれ、どうしたものかと顔を見上げてみるとニコニコと機嫌のよさそうな表情が見える。
馴れ馴れしく感じるが、このような場所で働く者は大概がこんなものかと抵抗せずに見ていた。
「さあ、旦那を吃驚仰天させてやろうかね」
その提案とは、花魁女郎に化け、檎が特別な女だと紹介して隣に座ったら実はネムだったというサプライズだそうだ。
着物や化粧など、全て用意してあるらしい。