第1章 ひとつ×××
いかな私であれ、この状況で誰か顔見知りにでも会えば要らぬ誤解を招き、後々で面倒を被るのは私自身である事は容易に想像できる。
檎の胸を両の手でやんわりと押して抵抗してみる。
「そうですか。ではお聞きしますのでとにかく退いてください。こんな所を誰かに見られれば要らぬ誤解を招きますし、それに……」
「ん?」
「ちょっと着物が」
「ヌァッハッハ!雰囲気が出て良いのぉ」
「莫迦な事を。本当に止して下さい」
抵抗や抗議は一切無視され、遂にはそのままぎゅっと抱きしめられてしまった。
この行為に一体何の意味があるのか。
彼は野干であり狐でありこの花街の住人である事を考慮すると、明らかに一時の遊び相手にする手段としての行動ではないだろうかと推測した。
けれど何故今更この私を選ぶのか。
ヤカンカンの常連のネムは花街の常連の白澤と恋仲である事はここいらの者なら大抵知れた事であり、檎にはよく話しをしていたので知らぬ訳などない。
金に強い関心のある檎がそんな金蔓に手を出して逃げられでもしたら損をするのはわかっている事だろう。
一体全体、どうしてしまったのか。
怪訝な表情を浮かべながら自分と檎に挟まれた腕を何とか抜き出し、その手を相手の背に回してぽんぽんと優しく叩いてみる。
「どうしたって言うんですか。いつもの檎さんじゃないみたいですね」
私の耳元で布団に顔を埋めたままの声で呟くように話す。
「そうじゃわぃのぉ。どうかしてしもうたのかもしれんな」
黙って背中を擦ってやるが、開け放たれた引き戸に気が気ではない。
あまり人通りが多い場所ではないらしいが、それでももしもがあると困る。
どうにかしてせめて座らせたいのだけれど、そのタイミングがわからない。