第8章 【オオカミ少女と不二王子】
さすが引退したとはいえ演劇部。
この程度の台本なら、すべて頭の中に入っているのだろう。
彼女は器用に何役もこなしている。
「不二くん・・・次、王子様の台詞だよ・・・?」
「あ・・・ゴメン、ちょっと考え事していたよ、えっと・・・『やっと見つけました・・・僕の愛しい姫・・・』」
僕は真っ直ぐに彼女の目を見つめる。
彼女は少し動揺したのか、今までスムーズに出ていた台詞がうまく出てこない。
「お、王子様・・・わ、私はただの灰かぶり・・・姫などではございません・・・」
「何を仰いますか、あなたはあの時の姫です。」
「い・・・え、私は・・・」
「舞踏会のあの晩、あの中庭で繋いだそのしなやかな指・・・見つめ合ったその美しい瞳・・・語り合ったその愛らしい声・・・あなたのそのすべてを僕が間違えるはずなどございません・・・」
僕は彼女の手をとり、もう一方の手を彼女の頬にあてる。
「お・・王子・・・様・・・」
「あぁ、僕の愛しい姫、目をそらさないで?・・・そしてどうぞ頷いてください・・・あの時の返事を・・・僕の妃になってくださいという、あのプロポーズの返事を・・・今、ここで・・・
・・・僕はもう、あなたの手を離したくはないのです。」
あえて最後の台詞を付け足す。
僕の気持ちを王子の台詞に乗せて彼女に伝えるために。
彼女の動揺が大きくなる。
台本ではここでシンデレラが頷き、王子は姫にキスをする。
もちろん本番では振りだけど、今、僕の目の前にいるのは英二ではない・・・
僕は彼女の瞳を見つめ続け、そして彼女に触れた手をそっと引き寄せる・・・
僕は何をしようというのか・・・
そんな事をしてはいけないと、頭の中でもう1人の僕が言うけれど、彼女のその柔らかそうな唇に触れたいという想いを、もうとめられそうにない・・・
「あ、あのっ!私、もう帰らなきゃ!!」
唇が重なるその直前、彼女がそう叫び僕は我に返った。
彼女が慌てて僕から離れる。
「・・・そうだね、あまり遅くなるとおうちの方が心配するね、送っていくよ。」
「だ、大丈夫!!家、すぐ近くだし!!」
「そう言う訳には行かないよ、こんな時間に女の子を1人で帰すなんてね・・・さ、行こうか。」
僕は嫌がる彼女を半ば強引に家まで送り届けると、頭を冷やすために遠まわりをして帰った―――