第5章 【手塚ドロップ】
「予定が早まってすまない」
成田空港のロビー、
私たちはドイツ行の飛行機の搭乗手続きを待っていた。
合宿から突然帰宅した国光は、スカウトされていたドイツへと今日旅立つ。
寂しくないと言ったら嘘になる、なんて言葉はただのきれいごとで、内心は死にそうになるほど寂しい。
でも自分のためにテニスを楽しむと決めた国光。
幼いころからの夢を叶えるために一歩踏み出す彼を、純粋に応援したいと思う気持ちは本当。
「ただでさえ恋人らしいことは何もしてやれてない」
「この間、釣りに連れて行ってくれたじゃない」
「あぁ、あのお前が川に落ちた時か?」
「もう~、そのことは言わないでってば!」
そう言って私は頬を膨らますと、彼がフッと笑うから、私もつられて笑顔になる。
「少し早いがクリスマスプレゼントだ」
「え?」
差し出された包みには腕時計が入っていた。
シンプルなのに可愛いくて少し大人っぽくて、これ、国光が選んだの?ってきくと、あぁ、高校生になればこのくらいの方が似合うと思ってな、と言った。
腕につけると私の手首ぴったりに調節してあって、それもまた嬉しかった。
「この時間って・・・」
「あぁ、ドイツに合わせてある。遠く離れていても、俺が刻む時刻を身近に感じられるように」
嬉しくて彼の胸にもたれかかると、いつものようにそっと髪をなでてくれる。
頑張ってね、と私が呟くと、あぁ、と彼が答える。
「私も受験頑張る、この時計が似合う女子高生になれるように」
「お前の成績なら問題ないだろう?」
「ダメだよ、国光は『油断せずに行こう』じゃなきゃ」
「そうだな、お互い、油断せずに行こう」
ドイツ行の搭乗締め切りの案内が流れる。
そろそろだ、と彼がラケットバッグに手をかける。
私がもう一度彼の胸に顔をうずめると、彼がそれに答えて抱きしめてくれる。
「卒業式には一度戻る」
「うん、待ってる」
そして別れを惜しむ、いってらっしゃいのキス―――
「泣かれるかと思ったが・・・」
「私はもう泣かないよ?何処にいても心は一緒にいられるから」
そう言って私は笑った。
国光、行ってらっしゃい、頑張って・・・
彼が乗った飛行機を眺め、私はそっと涙を流した―――
手塚国光編
「手塚ドロップ」完
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