第5章 【手塚ドロップ】
☆ ☆ ☆
小宮山が帰った後の部室に1人残る。
まだはっきりと残る彼女の温もり。
その余韻を確かめるように握りしめた左手を唇に当てる。
幸福感の後に襲うのは罪悪感、そして激しい後悔。
思い出されるのは彼女の泣き顔と無理に作った笑顔。
そしてそうさせている自分への苛立ち。
彼女を守りたい。
俺を支えてほしい。
いつも隣で笑っていてほしい。
泣かせたくない。
しかし望んでも出来ない現実。
重くのしかかる足かせ。
握りしめた拳に力を込めると思い切り壁を殴る。
全てに怒りをぶつけるように。
「穏やかじゃないね?ラケットを握る大事な腕なのに」
不二か、そう言って俺は平静を装う。
ドアにもたれかかり腕を組んで覗き込む不二は、相変わらずなにを考えているのかわからない笑顔だ。
「部活はどうした?何かあったか?」
「別に、ただちょっと手塚の様子を見にね」
なら早く戻れ、そう言ってまたどこを見るでもない窓の外に視線を戻す。
「告白でもされた?」
「・・・」
「じゃ、告白した?」
「・・・」
戻れと言う指示を無視して不二が続ける。
俺はそんな戯言を聞き流す。
「・・・それとも、キス、した?」
その問に思わず眉が動くと、嘘がつけないね?と不二が笑った。
「何が言いたい?」
苛立ちを隠しきれない声で睨みつけると、そんなに怒るなよ?と不二は笑った。
「どこまで知っている?」
「さあ?小宮山さんが泣きはらした顔で出ていったことと、手塚が想いを寄せる彼女を泣かせてまで、スポンサーの娘さんと付き合っていることくらいだよ?」
穏やかな口調だがはっきり言う不二に、苛立ちを超えた憤りすら覚える。
「俺を攻めているのか?」
「小宮山さんが可哀想だよ?」
「わかっている。」
「応えられないなら期待させなければいいのに」
「わかっている!!」
図星を付かれ思わず声を荒げる。
フーッとため息をつき、八つ当たりだ、すまない、と謝る。
「家族を犠牲には出来ない」
「彼女は犠牲になってもいいの?」
目を閉じて彼女の泣き顔を思い出す。
「・・・小宮山は、そのうち俺を忘れ、他の誰かが幸せにしてくれる」
グラウンドを走ってくる、お前はコートに戻れ、そう言うと俺は部室を後にした。