第5章 【手塚ドロップ】
☆ ☆ ☆
それからは何事もなかったかのように学園生活を送った。
あえて手塚くんとは2人きりにならないようにしていたし、おそらく彼も同じだったのだろう。
だから、あれから彼とは話しをすることはなかった。
何を話してよいかもわからなかった。
ただ相変わらず彼と、彼に寄り添う市川さんの2人を、前とは違う苦しい気持ちで見るだけだった。
「本日は以上で終了する。明日はいよいよ生徒総会だ、みんな油断せずに行こう」
生徒総会の準備もすべて終了し、皆それぞれ生徒会室を後にする。
いつものように市川さんが手塚くんに駆け寄り一言二言、言葉を交わす。
「手塚くん、今日も一緒に・・・」
「今日は部活がある、それより市川、明日の資料原本を忘れずに教頭先生まで提出しておくように」
「うん、わかった~、部活、頑張ってね♪」
彼が荷物をまとめて生徒会室を後にすると、彼女があの嫌な笑顔で振り向いたから、私は慌てて俯いた。
「あら、小宮山さん、盗み聞きなんていいご趣味ね?」
「・・・私は・・・別に・・・」
2人なった途端急変した彼女の態度に、私は激しい動機と息苦しさに襲われる。
そしてその次の瞬間、頭に激痛が走る。
私は前髪を掴まれ、彼女に無理やり顔を上げさせられる。
「あれから手塚くんに手ぇ出してないでしょうね?」
そう低い声で言う彼女に私は視線を合わせることが出来ず、そんなこと・・・とだけ答えると、ならいいんだけど、っと彼女が乱暴に手を離し、私はその勢いで椅子から落ちそうになる。
「じゃ、小宮山さん、これ、お願いね?」
恐る恐る顔を上げると、彼女は提出するよう言われていた資料原本が入っている封筒を私の目の前においた。
口調も笑顔もいつも通りに戻っていたけれど、私は彼女の笑顔が恐ろしかった。
私への笑顔ではなく、手塚くんを縛るその笑顔がとても恐ろしかった。
彼女が生徒会室を後にして私1人になっても、なかなか席を立てなかった。
生徒総会が終わったら生徒会の仕事もひと段落する。
しばらくは2人の様子を間近で見ることもなくなるだろう。
その間にすべて忘れてしまおう。
私が彼を想い続けることを彼女は許さない。
彼が彼女に従うと決めた以上、私の想いは彼の邪魔でしかないのだから。