第5章 【手塚ドロップ】
「あ・・・ありがとう・・・」
お礼を言って見上げると、すぐ目の前に彼の整った顔があり、私は恥ずかしくて慌てて俯いた。
彼の腕の中で私の心臓はうるさいくらいにドキドキしていて、顔がかぁーーーっと熱くなる。
この状況が信じられなくて、思考回路がうまく働かない。
「・・・あの・・・手塚くん・・・?もう大丈夫だよ・・・?」
そう言って彼を促してみるけれど、その腕がほどかれることはなくて、それどころか彼の腕にはますます力が込められた気がした。
「すまない、もう少しだけ・・・このままでいさせてくれないか?」
すぐ近くでかすかに、でもしっかりとそう囁く声が聞こえた。
窓から心地よい風が吹き込んで私たちの髪を揺らす。
遠くから部活や下校する生徒たちの声が聞こえてくる。
どのくらい時間がたっただろうか。
ほんの少しのはずなのに、すごく長い時間がたった気もする。
「また泣いていたのか・・・?最近いつも泣いているな・・・」
沈黙を破った彼のその問いに、私は素直に答えて良いものかわからず、黙ってただ首を横に振る。
市川さんがいるのにどうして?
そう聞きたいような、でも聞いてしまうのが怖いような、そんな複雑な気持ちだった。
でも大好きな彼の腕の中に包まれている今がただ嬉しくて幸せで、もう彼女のことなんかどうでもよい、そんな気にすらなってきて・・・
私は思わず自分の手を彼の背中にそっと回した―――