第1章 1
「こいつ、血が苦手でさ。実習とか研修とかもう大変で大変で!
卒業する頃には顔が強張って冷や汗ダラダラ流しながら青ざめるくらいには収まったけど、はじめてそういう実習をした時、突然横でぶっ倒れるもんだから驚いたよ」
人体解剖で戻してしまったり倒れてしまったりという人は少なくないので笑い話として話したが、
絵麻ちゃんは少々驚いてしまったようで、口に手を当てていた。
「おっと、この話は刺激が強かったかな?」
「もう、恥ずかしいから…」
雅臣は額に手を当てて恥ずかしそうに顔を隠している。
「だからこの前弥くんが怪我をした時にいっしょに…」
「あれは久しぶりだったから…採血は看護師さんとか研修医に任せっきりだし、外科じゃないから手術もないし…」
どうやらすでにみっともない姿をさらしていたらしい。
こういうところは変わらなくてなんだか安心感さえ覚える。
「ところで、ジュンさんはお医者さんにはならなかったんですか?」
「あー…そうね。ほんとは私も小児科か心臓外科になりたかったんだ。医師免許も一応持ってる。ま、ぶっちゃけていえば家の都合で農家を継ぐしかなかった、とも言えるかな」
絵麻ちゃんの表情がすこし曇った。
「なんだかんだ野菜作るのは楽しいし、農家友達のおじちゃんおばちゃんの健康相談にも乗ったりしてるから、この道について、何も後悔してないよ。
むしろこの道で良かったのかもね」
「お風呂あがったよー!髪乾かしてー!」
弥が元気良くロビーにはいってきて、ソファにすわる絵麻ちゃんに飛びつく。
彼女は苦笑いをしながら弥の髪の水分をタオルで拭ってあげている。