第1章 1
「はい、もしもし。弥くん?…プール終わったんだね。うん。迎えにいくよ。…うん、うん。わかった。じゃあまたね」
携帯を閉じると、彼女は申し訳なさそうにこちらをみた。
「あの…」
「わーくんのお迎え?呼ばれたんなら行っといで。これはいいからさ」
「お客様がいることだし、僕からも弥のお迎えをお願いしたいな。いいかな?」
クッキーを手にもった雅臣がいつのまにか絵麻ちゃんのよこに立っていた。
「…はい。ジュンさん、すみません。よろしくお願いします。いってきます!」
彼女はカバンを持って5階のロビーから出て行った。
静かな部屋に氷の傾く音が響く。
野菜を詰め終え、ソファにもどり、
少し薄くなったアイスティーに口をつける。
「可愛らしくて甲斐甲斐しい、素敵な妹ちゃんだね」
そういうと、雅臣は嬉しそうに笑った。
「ほんとにいい子だよ。うちにきてくれてよかった」
「仕事の方はどうなの?」
「うーん。まぁいつも通りって感じかな」
血が苦手な医者がなんだかんだで医者として務まっているのだから、
世の中変なこともある。
「そういえば、彼女とかはできてないの?」
意地悪に口角を釣り上げながらそう聞くと、
ごふっと音がして雅臣は盛大にむせた。
「い、医者なんて忙しすぎるし小児科だし…その…相手がいないよ」
いつものんびりとしゃべる雅臣からは想像ができないほど
早口で否定をされてしまった。
「なにあせってんの?」
「う…」
「ただいまー!」
「ただいまもどりました」
ロビーのドアが元気良くあき、可愛らしい二人が現れた。