第10章 【それでもここにいる その3】
「木下さん」
早速志野に声をかけられた。
「お疲れ様っす。」
「お、おう。」
「どうかなさったんですか。」
「あー、忘れ物した気がしてよ。サポーター。」
「それらしきものは見ませんでしたがまあ実際にご覧になった方が確実ですね。」
見た感じ志野は木下の言うことを鵜呑みにした模様だ。
「じゃあ俺は他行きますんで。」
「おう、またな。」
何の気なしに言うと志野は一瞬キョトンとし、しかしはいと微笑んだ。
木下がしちゃったかもしれない忘れ物を確認しに問題の体育館の中に入ると赤葦が音駒の主将、黒尾鉄郎と話しているのが聞こえた。
「赤葦、何か見慣れないのがいるみたいじゃねーの。」
「志野のことですか。編入生かつ途中入部の1年です。木兎さんが気に入って拾ってきました。」
「犬猫か。」
「似たようなものです。」
「大分妙な奴っぽいけど。」
「少々変わってますが激しいタチではありません。」
いう赤葦に黒尾は少々だあと疑問形で返す。
「あんだけ木兎を騒がせといて。」
「木兎さんが騒ぎ過ぎなだけです。寝起きの時に手を出さなけりゃ問題ありません。」
木下は忘れ物を確認しながら笑いそうになる。赤葦の中で志野は本当にペット枠らしい。
「後強いて言えば受け答えが若干独創的なとこですか。」
あれは若干って言わねえよと木下は思った。単に自分はチキン(臆病者)だと言えば良いところをわざわざ鶏肉の唐揚げとかけた返しをしてくる奴が若干独創的で済むものか。
「昼間からお前らのやりとり聞いてたけど若干で済むかあれ。」
黒尾も同じ感想だったらしい。
「うちのチームでなくて良かったわ、研磨の眉間の皺がひどくなる。」
「孤爪には合わないでしょうね。しかし木兎さんよりよく出来たペットですよ。」
忘れ物したのは気のせいだったらしいと確認が取れたところだった木下は勘弁してくれと思った。志野に対する赤葦のペット扱いと黒尾の変わり者扱いが笑えてしょうがない。人ってわかんねーなとすら思える。もう少し聞いていたい気はしたがいい加減にしないと成田や縁下に心配されそうだ。気づかれていないっぽいと思いながら木下はそそくさとその体育館から出た。