第10章 【それでもここにいる その3】
しばしの沈黙、木下は空いていた出入り口からコソッと覗き見してしまう。場合によったら—柄じゃないけど—日向を止める必要もあるかもしれない。僅かに見えた様子からして志野は静かに日向を見つめているようだ。
「嫌いだったら最初からここにいない。」
志野が口を開く。
「俺じゃ練習になんないのわかってっから嫌っつってんの。」
「そんなの」
「まあ外の人は関係ないやらなきゃわかんないって言ってくれるけどさ。」
字面に反して志野の声色は柔らかい。木下からはその表情がわからないがもしかしたら笑いながら言ったのかもしれなかった。
「という訳ですみません木兎さん、俺は他の練習に行ってきます。」
足音がして木下はヤバイと身を隠す。しかし
「あかーしいいいいいっ。」
木兎が声を上げる。まるで子供が母親を呼んでいるように聞こえる。程なく木下の方へ近づいていた足音は止まり、
「何です、また騒がしい。」
赤葦の声が聞こえる。
「志野が俺の練習付き合ってくんねーの。」
「そうですか。」
「そんだけっ。何とか言ってやってくれよっ。」
「必要ないでしょう。」
「ハアッ。」
「考えた上で付き合わないって言ってるんですから。」
「そーなのか。」
「そうです。まったく、拾ったペットの方が気が利くとは。」
「俺はペット枠じゃないっす。」
「何か言った。」
志野が抵抗して赤葦が言った瞬間しんとなる。ほんの僅かな間そこにはそれ以上何か言ったら命は無いよといった空気が流れた、ように木下は感じた。
「な、何も言ってません。」
動揺丸出しの志野の声が響いた。
「いい子だね。ほら行っていいよ。」
「あざっす。では木兎さん、とえーと」
「俺日向っ。」
「日向君も。失礼しまっす。」
今度こそ志野が近づいてきた気配がして木下は大急ぎで入口付近から離れる。そこからさも来たかのように口笛を吹きながら歩くというベタな真似をしてみた。