第9章 【それでもここにいる その2】
「いや、寧ろ俺で良かったら。その、難しい事はわかんねーけど案外そんなに知らねー奴の方が話しやすいとかさ、あるかもしんねーし。」
志野健吾はキョトンとして木下を見つめ、木下は勢いで言ったはいいけど恥ずいと思う。
「ご親切にありがとうございます。」
ふと志野が笑い、2人はしばし話し込んだ。
「へえ、お前編入生なんだ。」
「ええ、家の事情で引っ越したもんで。バレー部に入ったんはもう少し後ですが。」
「何で最初から入んなかったんだ。」
「ひとえに俺が唐揚げだったからです。」
「は。」
「つまりチキン。」
「おおう、なるほど。でもそんな返しされたん初めてだわ。よくそんなん思いつくな。」
「普通です。」
「普通って何だっけ。」
「なんてこった。そういう木下さんは。」
「え、俺。俺は田中、ってうちのうるせえ方の坊主なんだけどあいつの顔にうっかり落書きする程度。」
「そっちの方が問題では。」
「まーやっちまうまで油性マジックだったのに気づかなかったのはまずかったかな。」
「やべえ、油断なんねえにいちゃんがいる。」
「おう、寝ぼけてる時は気ぃつけろよー。」
「う、ぐ、烏野の主将さんに言いつけてやる。」
「あ、こいつ。」
「怒ると怖そうな方ですよね。」
「わかってんな。」
「何か気配っつーか匂いが。」
「動物か。」
「そっちは木兎さん担当です。飼い主は勿論赤葦さん。」
「やめろ笑かすなよ。」
木下がウププと笑い出しそうになった時である。
「見つけた。」
横から声がした。志野がギクーッと肩を震わせて逃げようとするが勿論逃げられない。横から伸びてきて志野の肩を掴んだ手は赤葦京治のものだった。
「やっぱり抜け出してたな、探した。」
「ああああ赤葦さん。」
「しかも他校の人巻き込んで。」
「すみません。」
縮こまる志野をじろりとみてから赤葦は木下に向き直る。
「ごめんよ、またうちの奴が。」
「いや俺もつい盛り上がっちまったから。」
赤葦はそうと呟くだけだ。
「あ、あのさ」
木下は慌てた。
「あんま叱らないでやってくれよ。何か、その、」
自分は別に悪く思っていないのに志野が叱られるのは忍びなかったわけだが必死な木下に対して赤葦の表情は動かない。