第9章 【それでもここにいる その2】
志野健吾は黙っていると目立たない。多分木下だってあの現場を見なかったら認識出来なかった。なのに一度認識すると何となく目につく、そんな奴だった。
とはいえ直接喋るこたないかなと思っていたら木下はフラグを回収する羽目になる。
昼飯の時だ。
「あ。」
「あ。」
ご飯をおかわりしようとしていた矢先、2人は同時に声を上げた。
「ああすみません、お先どうぞ。」
志野健吾が言う。
「お、おう、サンキュな。」
木下は無駄に動揺した。勝手にこいつを烏野内でネタにした事は少々後ろめたい。しかし志野健吾は意外にも静かにこう言った。
「朝は失礼しました、酷いところをお見せして。」
「えっ、あっ、いやっ。」
木下は更に焦る。律儀なのか何なのか、嫌味でないのは何となくわかるのだが。
「俺別に。たまたま見えただけだしその、」
一瞬だけ口籠って木下はボショッと呟いた。
「ちっと面白かった。」
「なんで。」
「だって寝ぼけて木兎さんはたいてわあわあ言わす1年って何か新鮮。」
「大袈裟なんすよあの人は、飼い猫にひっかかれたんじゃああるまいし。」
「似たよーなノリだったんじゃ。」
「まさか。俺はペットなんて愛嬌のある枠じゃありません。んでは失礼します。」
「お、おう。」
飯のおかわりの間にしてはやや長い会話だったがそれで話は終わってしまい、木下ももちろん席へ戻る。
「久志っ。」
2年仲間の西谷が口の周りに飯粒をつけたまま声を上げた。
「今喋ってたの誰だっ。」
「梟谷の1年。志野って言うらしい。」
「何で知ってんだ。」
「朝一木兎さんはたいて赤葦に怒られてたの見たから。」
「どんな人です、それ。」
聞こえたらしき1年の月島がうわぁという顔をする。
「お昼前の試合ん時マネージャーさんに弄られてたんだよ、ツッキー。」
「ますます意味わかんないんだけど。」
「久志、あいつ強いのかっ。」
「さあ。コートに入ってる様子なかったけどな。」
「次きーてこいよっ。」
「んなに仲良くねーからっ。」
叫ぶ木下にしかし月島が言った。
「その割には苗字覚えてたりなんかして興味がおありのようですけど。」
木下はよせよと呟いた。