第2章 【従妹とキーボード】
「何で久兄以外の人にしなくちゃなんないの。」
「何でって」
木下は熱くなってきた顔をそらす。
「俺なんかよりもっといい奴がいるだろ。その、例えば、本当に好きな奴、が出来るかも、しんないし。」
「どうしてそう言えるの。」
優子は少し怒っている。木下はこれはまずいと思うがうまくフォローが出来ない。
「何で俺なんだよ。」
かろうじてそう聞くことだけは出来た。
「久兄が私に一番優しいから。」
優子は言って木下に抱きついたまま離れようとしない。本当かな、と木下は思うがまた言うと怒らせそうなので黙っておく。戸惑いながらも本当の所は一番気に入りの従妹に抱きつかれて悪い気はしない訳で木下はおずおずと抱きしめ返した。優子は大変満足そうに顔を木下にすりつける。
「久兄。」
従妹が呟いた。
「大好き。」
「そ、そーか。」
急に言われてまともに返せない木下、しかし自分には縁がないと思っていたこの瞬間をもうちょっと独り占めしておきたいと思った。
「木下、何かいい事でもあったのか。」
休み明けの部活の時、部室に来ると2年仲間の縁下にそう言われた。木下はうっかり肩をビクリとさせる。
「え、あ、何でだよ。」
「何となく顔がにやけてる。」
「そうかな。」
木下はとぼけるが縁下相手じゃ意味ないかもとチラと考える。
「ああ、もしかして」
その縁下は珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あの従妹の子と何かあったな。」
「別に何もねえって。」
「あの子、お前の事大好きみたいだもんな。」
「だからやめろってっ。」
縁下に弄られてはたまらない。
「田中と西谷に聞こえて面倒な事になったらお前のせーだかんな。」
木下はブツブツ呟き、縁下はごめんごめんと言う。