第2章 【従妹とキーボード】
「久兄んとこのあれ格好いいよね。」
優子は部屋にかかっている背番号7のそれを見つめて言った。
「格好だけ決めてもよ、」
木下は呟く。
「俺試合出ねえし。」
「でも、もっとおっきい学校だとベンチ入りも無理だったりするんでしょ。背番号もらえるだけいいじゃん。」
「そうかもしんねぇけど。」
木下はため息をついた。試合になればずっとウォームアップゾーンいるだけの自分、戦力的な視点で言えば仕方のない事だし優子の言う通りまだユニフォーム貰えてそこにいられるだけいいとは思う。それでもたまに複雑な思いがよぎる。2年になってから自分だけいっぺんたりとも試合に出ていない。1年の時一度練習から逃げ出した、これはそれ故のさだめなのだろうか。しばらくしょんぼりとした様子で黙ってしまう木下を見て優子は何か思う所があったのかキーボードの電源を入れる。しばらくドの音のキーを叩いて音量を確かめてから優子は楽譜もなしに演奏を始め、小さく歌い出した。歌詞からして多分就職活動しながらやりたい事が何なのか自分でわからない人をモチーフにした歌、テレビで聞いた覚えもないからひょっとしたらネットで配信されているやつかもしれない。ああ何かわかる気がする歌詞だな、と木下は思い、明るいメロディーに小さくもノリノリで歌う優子の姿に自然と顔がほころんだ。
3分と少ししてから優子の演奏が終わった。
「お前、相変わらず凄いな。楽譜ねえってことは」
「自分でメロディーの音聞いて拾った。伴奏は適当アンド超簡単につけた。」
「だよな。」
「因みにもとはこんな曲。」
優子は持ってきた鞄からデジタルオーディオプレイヤーを取り出してしばらく操作した。流れる電子音声に木下はマジかよと呟いた。
「メロディーほとんど合ってるし。つか、」
ここで木下は一息置いた。
「いい歌だな。」
「でしょ。という訳で久兄もあんま腐らないで、ね。」
「優子、お前」
呟く木下に優子はキーボードを置いてそっと近づいてくる。
「あっこらバカっ。」
木下は声を上げた。従妹が背伸びをして自分に腕を伸ばしムギュッと抱きついてきたからだ。
「お前やめろってっ、そーゆーのは他の奴にしろよっ。」
「他の奴って。」
不満そうに優子が尋ねる。