第1章 chess
「俺は、ある意味彼に近いからな」
「なんだそれ」
彰人は笑いながら、理仁と最後になるであろう大学生活の時間を堪能していた。明日になれば、この穏やかな日常は崩れ去る。理仁が去った後、彰人のことだすぐに追いかけるように同じように辞めてしまうのだろう。
もうここに、当たり前と呼んだ日常は消えてなくなる。通い慣れた学校も、見飽きた通学路も、寂しい一人の部屋も。何もかもが審神者になるという、ただ一つのことによって崩されていく。それが不快だとは思わない。きっと変わってしまった日常も、いつかは馴染んで居着いて……今と同じように当たり前の日々に変わっていくのだから。
それまで、違和感を胸に残して明日を待つだけだった。
◇◆◇
今日が過ぎれば、明日が顔を出し理仁を連れ去っていく。退学の手続きは既に済ませていた理仁は、政府から支給された海のような美しい水色のガラスのピアスを片方につけて、部屋の中の荷物を纏めて外に出た。
扉を開けた先は、いつもの日常の風景とは異なっていた。扉を閉じるとあっという間に扉は跡形もなく消えてなくなる。本当にもう、慣れ親しんだ時代で生きることは出来ないのだと知る。荷物を背負うと、真新しい靴で長い長い石段を上がり始める。
「暇だな。石段の数でも数えるか」
余裕の表情でどんどん上がりながら、長い石段を登るのに飽きたのか数を数え始める。そうすることで、一向に変わらない景色から気を逸らす。上を見つめていると、まだ到着しないのかと落胆してしまう。ならば、他のことに気を回してしまえばきっといずれは上に辿り着くだろう。右を見ても左を見ても、深い森に覆われていた。