第4章 stormy
その記憶を彼は、本来なら消されるはずだったのかもしれない。なのに、全てを覚えている。もっと昔のことも、刀剣となった時の記憶も。全て、良し悪し関係なく。
「俺は汚い! 俺は穢れてる!! だがもっと汚いのは、人間の方だ! 俺はもう、嫌だ……」
「だから俺に、帰ってほしかったんだな。同じことを二度も三度も繰り返したくない、もう……終わりにしたかったから」
「そうだ。なのにお前は、本当にわけのわからない奴だ。土足でずんずん入って来ては容赦がなくて……岩融の件もそうだ。後先考えているのか、いないのか」
「なぁ、山姥切。本当に綺麗なものなんて、この世界にはないのかもしれない」
月明かりが襖越しに部屋に差し込む。いつしか淡い蝋燭の灯りも、消えてしまっていた。月のお陰で、部屋は互いの姿を認識できる程度には明るい。
「俺はこの世界も、人も、何もかも嫌いだ。けれど、姉さんだけは俺の一番綺麗なものだったんだ。俺には幼い頃から両親がいなかった。だから、姉さんだけが唯一無二の家族だった」
「……あんた」
「俺を育てるために、姉さんは……審神者になったんだ」
理仁の瞳の奥が、一瞬闇に染まった気がした。
――ああそうか、俺達は……似ている。
咄嗟にそんな想いが、山姥切の心の中を掠めていった。けして同じではないけれど、話を聞けばそれに気付ける。傍に来て、初めてわかる……互いの心の隙間に潜む、何かに。