第1章 chess
「ん、新しい名前を発注しておいた。確認しておけ」
「……宝条、理仁」
「そう、お前は今日から宝条理仁。この後の手続きは、また追って連絡する。宝条、お前が良ければ家まで送るが? どうする?」
「お願いします」
「あいよ」
スーツの男と共に、彼――理仁は黒い車へと乗り込んだ。
一日は瞬きをしているうちに、どんどん過ぎていく。気付けば膨大な時間が消費されて、有意義だったのかどうかさえわからなくなっていく。曖昧な境目の淵で、ただ思ったのは"つまらない"というありきたりな感想だった。
「お前さ、空ばっか見て楽しい?」
「楽しいよ。お前と違って」
大学の図書館で二人きり。理仁は参考書を広げながら、数日前の出来事を振り返っていた。
「理仁さ……これからどうすんの?」
「どうするって、何が?」
「一人暮らし、続けるつもりか? 親戚の人、面倒見るって言ってくれてるんだろう?」
「それがどうした」
「いや、大学辞めんのかなって……」
「辞めてどうする? 今更行ける大学もないのに」
「そりゃそうだけどよ……」
「でもたぶん、辞めることになると思う」
黒髪に黒曜石の瞳を宿した、目の前の彼が言いたいことは、何となくわかっていた。彼は、とてもいい奴だから。理仁はペンを走らせて、ノートを黒い文字で埋めていく。面白くなさそうに理仁の向かい側の席に座っている男は、むすっとして一枚の紙を理仁へと突き付けた。
「お前、審神者になるんだろう?」
じろりと、理仁は突き出された紙を目にした。すると大きく溜息を吐いて、男を睨み付けた。