第10章 god
「ああ、ようやく来たかね。山姥切国広」
聞いたことのない男の声が響き渡った。白い世界に目が慣れた頃、前方に大きな水槽とその前に立つ男。そして男の腕に抱かれている女を視界に入れると山姥切は表情を強張らせた。男が水槽の前から立ち退き、まるで水槽の中を見ろ、とでも言いたげに山姥切へとその正体を明かす。
息が止まるような感覚がした。一気に喉が渇いて、見開いた瞳は酸素で乾いてしまうのではないかと思えるほどに目の前の光景を凝視する。震えそうな唇を一度噛みしめて、そうしてようやく……山姥切は言葉を零した。
「理仁……?」
山姥切の言葉に、声に、まるで反応を示さない水槽の中。山姥切の瞳に映っているのは、大きな水槽に入れられた理仁の姿だった。それだけでも衝撃的だと言うのに、水槽の中は恐ろしいほどの赤い水で満たされていた。
「理仁……っ、理仁!!」
「あっはっはっ! こりゃ傑作だ!! ああ、付喪神でも涙を流すことが出来るんだね?」
「は……ッ……?」
山姥切は男のその言葉に、首を傾げて自らの頬に手をやった。指に暖かい滴が触れて、更に驚愕した。涙? ぽろぽろと溢れる涙を止める術も知らず、山姥切はただこの状況に酷く混乱していた。
「ああそうだ、この水槽の中に入っているのはね……君のご主人様である理仁君だよ! いやぁ、手間取ったよ……まさか彼の元に三日月宗近が控えているとは思っていなくてね。幾分捕えるのに苦労した」
「一期は何処だ! 理仁と一緒に向かったはずだ!!」
「一期と三日月は牢に捕えてあるよ。我々では折ることも難しくてね……やっぱり付喪神は扱いに困るね」
男は狂気の笑みを向けて、優しく女を抱いていた。その光景自体、あまりにも気味悪く趣味も悪い。女は表情さえも見えないが、まるで人間のように大人しい。それがまた、一層気味悪さを山姥切に与えていた。